フタル酸エステル類の移行に関する検討

フタル酸エステル類の移行に関する検討

【始めに】

2019年7月22日よりEUにおけるRoHS指令の規制対象物質にフタル酸エステル類4物質が追加されることとなった。
フタル酸エステル類は接触する他の樹脂に移行すると言われているが実際にはどの様な条件で、どの程度移行するのか具体的な調査報告の例は少ない。
そこで今回フタル酸エステル類の移行に関する検討を行なったので報告する。

実験風景

【検討方法】

具体的な検討方法は以下の通りである。

  • ①フタル酸エステル類を含有していない硬質塩化ビニル板に、フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)を約20%含有する軟質塩化ビニルシートを貼付し試験片を作製。
  • ②試験片が分離しないように金属板で挟み込んで室温(約25℃)で放置。
  • ③経過時間ごとの硬質塩化ビニル板へのフタル酸エステルの移行量を測定した。
  • ④同時に加重の有無によるフタル酸エステルの移行量の変化を確認するため、金属板に1kgの重りを載せた場合の実験も追加した。
試験片
:硬質塩化ビニル板(15×15×1mm) :軟質塩化ビニルシート(15×15×1mm)
温度条件
:25℃(室温想定)
経過時間
:0~90日
測定方法
:IEC62321-8に準拠

実験状況の模式図を図-1に示す。

室温条件(約25℃)

図-1 フタル酸エステル類移行実験 模式図

【フタル酸エステル類の移行性確認実験1】

室温条件(約25℃)による経過時間ごとのフタル酸エステル移行量

単位(mg/kg)

経過時間 加重なし 1kg加重
0時間 <30 <30
1時間 <30 <30
4時間 <30 <30
1日 <30 <30
7日 <30 <30
14日 <30 <30
30日 <30 <30
90日 <30 <30

【考察】

今回の実験は、フタル酸エステル類で可塑化された塩化ビニル製品(例えば導電性マット)上に樹脂製品を放置した場合を想定して検討を行った。
実験の結果、90日の期間であればフタル酸ビス(2-エチルヘキシル)の移行は問題になるレベルではない事が確認された。

【フタル酸エステル類の移行性確認実験2】

室温では時間が経過してもフタル酸エステルの移行量が増えないことを確認したため、温度条件を変更して移行量の確認を行った。実験1と同じ状態の試験片を60℃設定の恒温槽で加熱して、経過時間ごとのフタル酸エステルの移行量を測定した。

恒温槽で加熱(約60℃)

加熱条件(約60℃)による時間経過ごとのフタル酸エステル移行量

単位(mg/kg)

経過時間 荷重なし 1kg荷重
0時間 <30 <30
1時間 32 42
4時間 270 410
1日 1,100 3,900
7日 2,600 11,000

【考察】

温度60℃の条件では、室温(25℃)とは異なり時間が経過するのと比例して移行量が増加した。高温条件下でフタル酸エステル含有物との長時間の接触は、移行が促進される可能性が高く、回避すべき状態であることを確認した。

【フタル酸エステル類の移行性確認実験3】

実験1の室温(25℃)ではフタル酸エステルの移行が進行せず、実験2の温度(60℃)では急激に移行が進行した。そこで恒温槽の加熱条件を温度(40℃)に設定し、中間温度での確認実験を行なった。

恒温槽で加熱(約40℃)

加熱条件(約40℃)による時間経過ごとのフタル酸エステル移行量

単位(mg/kg)

経過時間 荷重なし 1kg荷重
0時間 <30 <30
1時間 <30 <30
4時間 <30 <30
1日 <30 <30
7日 65 500

【考察】

実験3の温度(40℃)では、荷重なし・1kg荷重共にフタル酸エステルの移行が7日目で確認された。
実験1の室温(25℃)ではフタル酸エステルの移行が進行せず、実験2の温度(60℃)では急激に移行が進行したが、実験3の温度(40℃)は想定通り二つの実験の中間と考えられるデータが取得できた。
夏場や発熱物が近くにある場所は温度40℃に達する可能性も高く、そのような場所で一定時間以上のフタル酸エステル含有物との接触は、やはり回避すべき状態であることを確認した。

【フタル酸エステル類の移行性確認実験4】

実験4では、素材別のフタル酸エステル移行量について検証を行なった。素材は、樹脂6種類・ガラス・SUS板・銅板を用意し、実験1と同じ状態にした各試験片(荷重1kgあり)を40℃設定の恒温槽で加熱して、7日後のフタル酸エステルの移行量を測定した。

恒温槽で加熱(約40℃)

6種類

2種類

加熱条件(約40℃)で7日経過後のフタル酸エステル移行量

素材 単位重量あたり濃度
(mg/kg)
単位面積あたり濃度
(μg/cm2)
ABS樹脂 <30 <3.5
ポリエチレンテレフタレート(PET) <30 <3.5
ポリプロピレン(PP) 410 38
ポリエチレン(PE) 360 34
ポリスチレン(PS) 460 43
ポリ塩化ビニル(PVC) 470 73
ガラス <30 <3.5
SUS板 <30 <3.5
銅板 <30 <3.5

【考察】

実験の結果、フタル酸エステルが移行するであろうと想定した樹脂では、樹脂の種類によって移行量に大きな差があることを確認した。ABS樹脂及びポリエチレンテレフタレート(PET)については、他の樹脂と移行量に差があるため再度実験をしたが、結果は下限値未満となり再現性もあった。またフタル酸エステルを吸収する可能性の低いガラス、SUS板、銅板では、想定通りフタル酸エステルの移行は下限値未満であった。ただし下限値未満を示した各試験片でも、フタル酸エステルのピークが確認されており、加熱温度を上げたり接触時間を長くすれば、下限値を超えて検出されるであろう傾向を実測値は示していた。